エンダーズ・シャドウ

エンダーズ・シャドウ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

エンダーズ・シャドウ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

エンダーズ・シャドウ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

エンダーズ・シャドウ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

なんか本によってタイトルの順番が違っていて、出版されたのがどういう順番なのかよく分からなくなってる。1作目の裏話ということで内容的に影響はないんですが、あとがきにもあったように姉妹編、あるいはシリーズの他の本の存在を前提に描かれているのとそうでないのとで違う部分があると思うので、やはり出版順に読みたかった。ゼノサイドとこの本の間に1冊ありそうな感じです。


最近このシリーズしか読んでないんですが、その最初の一冊だった『エンダーのゲーム』のストーリーを、エンダーの部下にして妙な存在感を放っていたチビ助ビーンの視点から書かれています。
ただそれだけなら普通の外伝ですが、この作者は全てを語らないと気がすまない質のようで、ビーンの生い立ちから話が始まると、どんどん彼の出生の秘密まで話は芋づる式に繋がって行きます。ビーンが優秀だったことやらなんやら、全てが理由づくめ。序盤、ビーンがバトルスクールへ入るきっかけとなった事件が、物語終盤にいきなり脅威として再登場し、なにやら続編「シャドウ・オブ・ヘゲモン」まであとを引くらしい。こうもいろいろ語られてしまうと、途中でやめられなくなるのよ。やめる気ないけど。面白いから。


作者は当然、エンダーのゲーム執筆中に、この姉妹編で語られるさまざまな新事実を決めていなかったわけで、たとえばドラゴン隊の成り立ちとか、びっくりしましたよもう。
エンダーとビーンの間に交わされた、数少ないけれどもいちいち印象に残る会話は、『エンダーのゲーム』を引っ張り出してきて、このときエンダーはどういう状態だったのかを確認せずにはいられない。逐一照らし合わせていくと実に面白い。


ビーンは『ゲーム』で結構生意気な口をきく少年だったけど、それは実はビーンがエンダーを無意識的には尊敬しつつもかなりイライラしていたことが分かります。頭がお互い良すぎることで、相手が分かっていて当然だと思っていたことが思うように伝わらない、動いてくれない。エンダーとビーンの天才は少々質が違っていて、それはもう高次元での食い違いなので、エンダーにとってどうでもいい事がビーンには気になったり。わかっていてビーンを苛立たせるケースもある。それにもちろんエンダーは完璧人間ではないので、ビーンを隊から孤立させた直後には後悔もしている。この当事者にしか分からない微妙なすれ違いを重ねた上で、結局は何も言わないけれども固い絆が生まれていることにふと気付く。その繰り返しでしたね。そして、最後に涙。
10歳にもならないのに、こいつらときたら泣かせてくれます。


エンダーより先に「エンダーのゲーム」の正体を看破してしまったビーン。誰にも言えず、過酷な任務のなかで極限状態に置かれながらも影で(ここが最終的にエンダーズ・シャドウの本当の出番だった)いつでもエンダーの代わりになれるよう全体を把握する仕事を最後にやり遂げ、バトルスクールは終了。エンダーとは別の意味でコイツは凄すぎる。


シスター・カーロッタが逐一登場して尽力したのはビーンを幸せにする手順だと分かりきっていたけど、エンディングシーンで本当にハッピーエンドを迎えることが出来、よかったよかった。こんだけスッキリ終わったのも珍しいのかな。しかも、最後のシーンの短さがまたね。これね。


ビーンが泣いてしまったシーンが2〜3回あったけど、これは読んでるほうも感動できるよい演出でございました。泣きそうにないんですよ、ビーンは。強いから。この方面では、ひねくれたエンダーより強い。だから、最後から2回目のビーンが泣いたシーンは本当にキました。感動レベルはこのシリーズで一番かもしれない。


さて。続編『シャドウ・オブ・ヘゲモン』も買ってきたことだし、来週からはそちらを読みます。で、最後にゼノサイドの続編『エンダーの子供たち』を読んで完結予定。その方がやっぱり気持ちいいかな。本編で〆たいし。



そういえば。
ペトラがエンダーを裏切ったとビーンが思っていたことに関して、最後の方でビーンがペトラと腹を割って話し合うシーン。
僕はてっきり、ペトラにはエンダーに対する特別な感情があったが故の行動だったんじゃないのかと思いつつ読んでたけど、どうもそうでもなかったらしい。幼いとはいえ、恋愛要素があまりないのはそんなこと考えてられないってことか。
でもすこしぐらいそういう要素があると面白いのになぁ、と、ちょっと思った。というか少々期待してた。
まぁ、ペトラは今後登場するらしいので、どうなるやら。